フォーカルジストニアと「量と質」のおはなし

フォーカルジストニアと「量と質」のおはなし

こんにちは。ボイスケアサポーターをしています田中眞です。

普段の練習を行っていく上でしばしば語られる「量と質、どちらが大切か?」というテーマ。

永きにわたって議論されてきた理由はいうまでもなくどちらも同じくらい大切だが、ケースバイケースで優先順位が変わるからだと思います。

ではフォーカルジストニアに振りまわされないためには、どんなことを考えながら練習に臨む必要があるのでしょうか。

「量と質」という観点から、僕自身の経験談も交えて考えていきたいと思います。

もくじ

「量」と「質」ってなんだろう?

そもそも、音楽練習における量と質とは何のことを指すのでしょうか。

量は何となくわかりやすいですね。では質は・・・?

時間の長短に関わらずパフォーマンス向上の効果がある練習を質と呼ぶならば、

比較するまでもなく「量より質だ!」と答える方が多くなるはずです。

「どちらが大切か?」という問いにかけられる以上、この2つはある程度、対でなければならないと思います。

ひとまずこの記事の中では

量=心身にかかる負荷が少なく、練習時間が長いこと

質=心身にかかる負荷が大きく、練習時間が短いこと

と定義づけることにいたします。

フォーカルジストニアと「量と質」

質と量について考える前に、僕がフォーカルジストニアを発症する前に行っていた練習内容をみていこうと思います。

当時から練習に対する量と質は真剣に考えており

僕は「この練習内容で確実にうまくなれるはずだ!」と確信していました。

発症前の練習内容 (僕:声楽の場合)

  1. ストレッチ(15分)
    • …肩や首周りを重点的におこなう
  2. ハミング(10~15分)
    • A2~G4辺りまで往復。3、5度スケール×各2セット
  3. リップロール(10分)
    • 音域、スケールは2.と同様。1セットのみ
  4. 実声(20分)
    • 各母音一音ずつの発声練習。音域、スケールは2.3.と同様
  5. 課題曲通し
    • 録音しながら、まず1回通して歌う。気に入らなければ最初からやり直す
  6. 録音確認
    • 録音を聞いて評価する。上手くいかなかった部分を楽譜でチェック
  7. 参考音源を聞きながら、出来ないところを他の人がどう演奏しているか確認する
  8. 「上手くいかなかった部分」を納得いくまでただ繰り返す
  9. 課題曲通し
    • もう一度通して歌う。この時は気に入らなくても最後まで歌いとおす
  10. 5.~8.をひたすら繰り返す。喉がかれてきたら適宜休憩しながら続ける。

だいたい、こんなところでしょうか。

平均すると全体で3時間から4時間ほど練習していました。

「やった感」を重視した量の練習はフォームを崩しやすい

量の練習における最大のメリットは技術の安定化でしょう。

負荷の小さな練習を繰り返すことによって精度が上がり、神経に定着します。

しかし量をこなす上で気を付けなければならないのが、成果よりも姿勢や実感を重要視してしまうことです。

要するに「やった感」を求めてしまうことだと思います。

上の例で挙げれば、僕は各フレーズを自分の感覚でどう攻略したいのかもよく考えず

苦手な箇所をただ他人の音マネを繰り返すことで充実感を得ようとしていました。

その結果自分のフォームは崩れていき、量の練習によって悪い技術が定着してしまったと考えられます。

もし現在、同じ曲に取り組むのであれば…

参考音源があるのならそのフレーズを演奏している時の感覚を想像し、自分のフォームで再現しながら数回試します。

上手くはまったら該当のフレーズの少し前から歌いはじめ、

徐々に曲全体を通して歌いこなせるよう身体に慣れさせていく方法を採ると思います。

量をこなす前に、まず繰り返すことでどんな成果を得たいのか考えてから臨むのが良いでしょう。

質をあげるには量が要る

質の練習は、能力方針…とでも言いましょうか…

パフォーマーとしての舵取りのような役割がある、大切な練習だと思います。

方針がしっかりしているからこそ、適切な練習量がわかってきます。効率が良い、とも言えそうですね。

「効率の悪い練習なんてやっていても意味がない。だから練習は量より質だ。」

フォーカルジストニアに悩まされる前、僕はそんなことを思っていた時期があります。

一理あるとは思いますが、残念ながら

量の練習がうまく出来ないひとにとって質の高い練習をいきなり見いだすことは困難です。

それは舵の操作ができない人間に操舵をまかせるようなものです。

量をこなすことではじめて方向性が定まったり、量だけでは体得できない=質を上げるために必要な技術の存在に気づくことが出来ます。

かなしいことですが、技術的に未熟なひとがプロの演奏家が行っている練習をがんばってこなそうとしたところで

心身には負荷ではなく負担だけがかかってしまうことになります。

これこそがフォーカルジストニア発症の引き金ともなるわけです。

練習の質を高めていくうえでたいせつなのは

いま自分にどんな技術が要るor要らないのかを常に考えながら練習に臨むことです。

しかし、それが分かるまでは量に頼らざるを得ないこともあるわけです。

最後に

いかがでしたでしょうか。

こうしてみると量と質は単純な対の関係ではなく、互いにふかく結び付いた表裏一体なもののような気がしてきますね。

それにしても当時の僕はずいぶんあぶない練習をしていたんだなぁー・・・。反省。

それでは。

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